師匠が亡くなり17年が過ぎた。
亡くなってからずっと・・・
私の心は彷徨いつづけた。そして・・・
私はお寺を辞めることになった。
だけど、私は法華経を捨てたわけではない。
今の二代目について行けないだけ。
お寺をやめても、私が学ばせていただいたことは、心に深く刻まれ身についている。
師匠への尊敬と、感謝の気持ちを抱きしめて私は一歩踏み出したのだ。
踏み出すことが出来たのだ。
師匠、今日までありがとう。
そして、来世ではまた弟子にしてね。
そう願っています。
2012年03月31日
師匠と私。
2010年12月12日
鬱は移る。
こんな言葉をよく聞く事はないですか?
最近はメンタルの病気がとっても多いです。
不景気だし、いつも何かに追い立てられがちな私たちの暮らし。
これじゃ〜、心は安定しないですよね〜。
だから、鬱をひっぱったり、ひっぱられたり・・・。
こころも、メンタルを抱えた利用者の中で仕事をしていますからね〜
引っ張られそうになることが、本当にあるんですよね。
いつだったか、こりゃ〜やばいぞっていう時があってね、
メンタルの病院を受診した事があるんですよ〜
だけど、診察が始まると同時に「先生、私、鬱病じゃないですか?」って言うと、
先生は苦笑いの顔で「あのね〜、あなたのような訴え方をする人は鬱にはならないよ!」
そう言いました。
私は「な〜んだ、先生、私は鬱じゃないんだ〜!」そう言って笑ってしまいました。
で、それじゃ〜、病院にかかる診察代がもったいなかったわ〜だなんて・・(笑)
鬱は、移ります。
なぜこういうこと言うかというと、鬱の人の心には暗〜い姿の見えない人の暗い思いが移っている事が多いからです。
自分の暗さに引き寄せられ、こっちが居心地よいわ〜・・だなんて、乗り移られちゃうんですね。
時にはそれを行ったり来たりするわけです。
家族に鬱の人がいる場合などは、特にそうですね。
それじゃあ、どうすればいいの?
そんなときは、何も考えず、モクモクと動く事。(例えばお掃除などしたり)
そして楽しい事を考える事。
鬱の人から、少しの時間でも離れていれる時間を作ること。
鬱の想念は、暗い心を好みますから、心を明るく明るく持っていくようにする事。
疲れていたら、安定剤の力を借りても眠る事。
これだけで、鬱の症状が軽減する事もたくさんありますよ。
それから、心が暗くなったら
「この心は自分の心ではないな」って思うこと。
自分はこんなに暗くないよって、笑顔を作るように努めること。
そうすれば、それだけで鬱の心は居心地が悪くなって逃げ出しちゃいますよ。(笑)
この限りではないですけど…
スピリチュアルな観点から言えば、こういうところですね。
いつも楽しくしていれば、鬱は近くに寄ってきません。
でも、心の中が愚痴や恨み妬みでいっぱいになった時は、
気をつけましょう!
自分の心が今どこの位置にあるのか、十界の中から今現在の心の状態を探して速やかに反省し、心を切り替えましょう。
みなさん、がんばろうね♪(*^^*)v
2010年07月29日
不思議な話。
![]()
この2〜3日、妙な天気なんですよ〜
突風が吹いたり、と思えば無風状態になったり・・・
風が収まったと思ったら、突然どしゃ降りの雨になったり・・・
今朝も雨足が強まったり、雨音が静かになったり・・。
昨夜も風が強かったです。
蒸し暑いので窓を少しだけ開ければ体温がどんどん奪われるのがわかるし、
窓を閉めれば、寝苦しくって眠れませんでした。
今朝は寝不足です・・・ ((ミ ̄エ ̄ミ)) ボーーー
昨日の夕方、こんな空をみました。
皆さんにはこの空になにか感じるものはありませんか?
こころには、お空で龍神様が暴れているように見えたんですけど・・・
龍神様は仏法を守る神様であると法華経の中に説かれています。
龍女が法華経を聞いて喜び、法華経に帰依します。と約束したと書かれています。
そして法華経を行ずる人間を守りますと約束しているんです。
これは、畜生界(妬み、恨み、愚痴)の成仏を意味しているんです。
今、世の中は荒みに荒んでいて、もう収拾がつかなくなっています。
政治、経済も不安定。
人の心も不安定。
ただただ忙しくしていて、自分の心をじっくり見つめる事ができない人が多いです。
人の心は仏法からどんどん遠ざかっていますから、荒む一方を辿っています。
だから・・・
龍神たちは怒っているのかな・・・
そんな気がします。
自分は信仰心は全くありません、どうどうとそう言う人が多いです。
あなたも死んだら供養してもらうでしょ?ってわたしは言いたいですよ、いつも。
それから・・・こんな伝説もあるとか?
「牛馬の皮や骨など、穢れ物を運ぶと竜神の怒りを買い、そのとき決まって暴風雨に襲われ、稲の生育に大打撃を被る」
これをみてなんだかね・・・口蹄疫を思うんですよ〜・・・
口蹄疫は実はほおっておいても治る病気なんだとか・・・。
あんなに大量に牛たちを殺すなんて、そんな必要が果たしてあったの?
人間って勝手です。
牛たちは人間たちの犠牲になりました。
牛は、絞められる前日、泣いて泣いて大きな涙の粒をこぼすそうです。
自分が殺される時を察知するからです。
ちゃんと心があるからです。
その心を思えば、恐ろしい事を人間はしているのだと思います。
何千、何万という魂が殺された怨念は、どんなふうになるのかしら・・・。
私、怖い。。。
最近の豪雨をみても、異常な気象状況を見ていると
人間達の身勝手さを、龍神たちが怒っているのではないかな〜なんて考えているんですよ、わたし・・・。
いつだったか・・・
仕事に向かうバスの窓の外を見ていたら、空を龍がひゅるひゅるっと飛んでいて・・
龍は私を見て、にっこり笑ってお口をパクパクッ♪てした事があります。
あれは・・・、目の錯覚だったのかしら・・・
いや・・・ 私、確かに見たよ。。。
あ。 また不思議な話をしちゃった。ごめんなさい(笑)
2010年05月29日
裏切る?
裏切られたって言う人はみんな、自分が裏切られたことしか考えていないんだよね〜
自分が裏切っていることなんて、ついぞ考えない。
たとえば・・
妻(夫)のいる不倫中のあなた。
あなたが妻以外の人をすきになって付き合ってふられた場合。
あなたは、その人を裏切られたと恨むでしょう?
なに考えてんのかなぁ?
裏切っていたのはあなたですよ。
妻(夫)のことも、その恋人のことも。
そんな事がわからない?
不倫は、罪です。
仏様は許すはずも無い。
それに気がついてそこから離れることができた人は、勇気ある人です。
また寂しさと向き合うんですから。
ほらほら・・
そこで相手を恨んでいるあなた。
人を恨む筋合いではないって思ってくださいよ。
幸せの四つ葉のクローバー・・・
心を正せば見つかるかもよ♪
2010年05月26日
2009年09月20日
心〜十界の中の F 声門界。
お盆の間、十界について書き始め、天上界まで書き終わってから
私の心は、ピタっと止まってしまったようで書くことができないでいました。
なぜかと言うと、自分の心と仏様の心とがあまりにもかけ離れており、
苦しくなってしまったからです。
その間、一週間のうちに3日は近郊の山を登っていました。
山へ登っている間は心は癒されていたような気はしますが・・・
日常に戻ると自分は迷いの中にどっぷりとはいっており、
経文を読んでもそれは心に入ってはきませんでした。
まさにこれを六道輪廻というのでしょう。
地獄界から天上界までを行ったり来たり・・・。
それは苦しいものでした。
ところが、その頃より仏様の声を聴きたいと切に願うようになりました。
経文を読んでも難しくてわからない。
どこに自分の心があるのかがわからない。。。
お仏壇にお経を唱えると、涙がぽろぽろこぼれます。
しばらくの間は、嗚咽を堪えながら唱えていましたが、
不思議とお参りがおわったあとにはスッキリしまた山へ・・
その繰り返しでした。
もう自分は、なにもできないのではないだろうか・・・
そんな不安になぜ山に登るのかもわからなくなった頃、
ひとつの行動を起こしたことで「今自分がすべき事」が見えてきましたよ。
そして今やっと、仏様の声を聞けるようになり
どうやら私の心はなんとか「声門界」へとたどりつけたようです。(*^-^)ニコ♪
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「声門界」とは・・・
仏様の声を・・、教えを聴いて実行していこうとする境界を言います。
自分の平安だけを願い、教化の実のないもの ← これは煩悩によって苦しみます。
煩悩である「苦しみや迷い」からさっさと離れなければ、ずっと一生六道輪廻のなかで翻弄されつづけなければなりません。
ですが、ここまで来るのが実はたいへん苦しいものなのです。
ここからは、仏様の声が聴ける、聴けたという喜びに満ちた日々が始まると同時に、
仏様の声が聴きたい、聴かなくては・・・という心に駆られていきます。
そうして、仏様の心を知るためには常に「行」と「学」の二つを同時にしていかなくてはなりません。
今の私の心は・・・
仏様がいつも見守っていてくださっていることを思い出したと同時に・・・
もっともっと仏様の心が知りたい。
もっともっと仏様の声が聴きたい。
時間はかかりましたが・・・
山登りも、日帰りの小旅行も・・全て意味のあることだったと思います。
何のための体力作りだったのかが、
自分のなかではっきりわかったように思います('-'*)♪
そしてここからは・・・
自分と縁のある方とない方がはっきり振り分けられるかもしれません
心〜十界の中の E 天上界。
この記事は8月20に書いたものです。
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8月も残すところあと10日となりました。
北海道は、お盆を過ぎると毎年間違いなく秋風となります。
日中、お日様が見えているときはまだ夏のなごりがありますが、朝夕は半そでではいれないほど涼しくなります。
日中のこの暑さも、「暑さ寒さも彼岸まで」と昔の人が言ったとおり秋のお彼岸まででしょうか。
今回は、天上界について書きたいと思います。
これらの仏教の記事は、布教活動とは違います。
勧誘などではなく、ごく一般的な仏説ですので、気軽に目をとおしてください。
ですが、仏教が嫌いだとか聞く耳がない方はスルーしてください。
深く考えると、心にはとてもキツイ話かもしれません。。。
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天上界とは、神様のいらっしゃるところです。
天上界の心とは、歓び(喜び)、欲心をいいます。
これは、楽をしよう、楽をしようという心で苦しみます。
そして、欲の心とはいたい、どんな心でしょう?
例えば、私は山菜採りが好きなのですが、山でたくさん山菜を見つけたとき、
ついつい日頃お世話になっている人のお顔が思い浮かび、その方の分も採って帰ろうと思います。
自分が食べきれないだけ採る心が欲なのは、皆さんおわかりかと思いますが、
実はそれよりもっと深い自分の心があることにお気づきでしょうか?
それは、自分が『相手の方によく思われたい』・・・そういう心なのです。
「あの人にも食べさせてあげたい」・・たしかにそういう純粋な心もあろうかとは思いますが「良く」思われたいという「欲」の心なんですね。(>_<)
その心を知ってからは、わたしはなるべく自分が食べきれる分だけ、
いただいてくることにしています。
そして、山の神様にきちんとお礼を言って帰ってきます。
「今年も、春の滋養をありがとうございました^^
これで今年も元気にがんばらせていただきます。」
また、何かを、「してあげる、してあげる」とよくおっしゃる方がいます。
そういう方も、実は心の奥底には『人から良く思われたい』
・・そういう気持ちがあるんですね〜。。。
そういう心は、人から見返りがこなかったときに怒りや憎しみと化します。
「あなたにそこまでしてやったのに〜〜〜」
そういう心ですね。
よく頼みもしないのにしてもらって、すごく迷惑だったという事はありませんか?
あんまり気安く「してあげる〜〜!」という方には、少し警戒したほうが身のためかもしれませんね(苦笑)
それは、ひとたびひっくり返れば逆恨みとなり、目の敵とされかねないことなのかもしれません。
でも、これについても、人ごとではない・・・
自分の心に必ずありえることと肝に銘じなくてはいけません。
そして、誰かになにかしてさしあげるときは、見返りを求めてはいけませんね。
正しい心で生きていれば、その人から返ってこなくても、別のところから大きな幸せをいただくことがあるものです。(*^^*)
困っているときはお互い様。
そういう助け合いの心が平和をもたらすのだと思います。
人間は大抵は、ここまでの六つの心を行ったり来たりしています。
これを、六道輪廻(ろくどうりんね)といいます。
心は、見えたり隠れたり・・・
さて・・・皆さんの心には思い当たるかな???
2009年08月17日
心〜十界の中の D 人間界。
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お盆は終りましたが、自分の心というものには境い目はありませんね。
続いて書いていきたいと思います。
これらの仏教の記事は、布教活動とは違います。
勧誘などではなく、ごく一般的な仏説ですので、気軽に目をとおしてください。
ですが、仏教が嫌いだとか聞く耳がない方はスルーしてください。
深く考えると、心にはとてもキツイ話かもしれません。。。
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地獄、餓鬼、畜生、修羅界の心を無くする修行をし、ここでやっとたどり着くのが人間界です。
人間界は、「平和になろう、平和になろう」という心が働き、苦しみます。
人間として生まれ、この人間界に到達出来ている方は、だいたいどのくらいいるのでしょうか?
心というものは、見えないだけに深い深いものがありますね。
自分自身の心を観察しても、恥ずかしいことのほうが実は多いです。
煩悩とは、人間の三大煩悩と言われる、「食欲」「性欲」「睡眠欲」だけを言うのではありません。
今までお話した全ての心・・・これが、迷いであり、「迷い=煩悩」 なのです。
煩悩と言っても、「食欲」「性欲」「睡眠欲」はいけないことだなんて言ったら人は生きてはいけませんね。
大切なのは、その質の問題なのです。
食欲〜偏食してては、病気になります。甘い物が好き→糖尿病など
辛い物、しょっぱい物→高血圧、動脈硬化、腎臓病などなど・・
性欲〜これは、大切な人との子孫を残すために、なくてはならない・・ですが!・・・
これに貪欲になり不純異性交遊などをすれば、性病などの病気や不妊などで苦しむのは当然でしょう。
睡眠欲〜これもなくては一日を正しく活動できなくなりますね。
昼夜逆転の生活は、心をも蝕みます。
三大煩悩に狂う人がいるとしたら、その心の使い方が間違っているのだと思います。
先日逮捕された芸能人の、○リピーも、快楽を求めた為にああなっちゃった・・・。
パートナーや、周囲の人の悪に感化されるのも自分の弱さですね。
ひとつ屋根の下のイメージが大きく変わり、非常に残念です。
心〜十界の中の C 修羅界。
そして次は修羅界です。
修羅の心とは、争い、詔曲(てんごく)を言います。
詔曲(てんごく)とは、媚び諂う(こびへつらう)ことです。
この心は、思ってもいないのに口先だけで人のご機嫌をとります。
自分より強い者には媚び諂い、弱い者を陰でいじめたりバカにします。
社会で、どうしてあの人が出世するのだろうと思うことが、よくありますね。
上司には良い評価をされても、同僚の間では嫌われる。
なぜかというと、上司のいないところではろくに仕事をせず、上司がみているところでは仕事を一生懸命にしているふりをする。
とても要領がいい。
同僚以下の人に対しどうであるかを観察すれば、よくわかると思います。
・・・ね?おもいあたるでしょう?(苦笑)
よく修羅場をくぐるという言葉を耳にしますが、修羅界では争いが絶えません。
これに、先に話した「三悪道」が絡むと、ものすごいことになります。
15日は終戦記念日。
TVで、「硫黄島からの手紙」という映画がやっていましたが、
地獄絵をそのまま描いたような映画でした。
戦争は、人の心を狂気にしますね。(T_T)
そして付け加えますが、これはけっして人事ではありません。
地獄、餓鬼、畜生につづき、この修羅の心も、かならず誰にでもある心なのです。
2009年08月14日
心〜十界の中の B 畜生界。
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お盆も二日目にはいりましたね。
続いて書いていきたいと思います。
これらの仏教の記事は、布教活動とは違います。
勧誘などではなく、ごく一般的な仏説ですので、気軽に目をとおしてください。
ですが、仏教が嫌いだとか聞く耳がない方はスルーしてください。
深く考えると、心にはとてもキツイ話かもしれません。。。
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「地獄の心」「餓鬼の心」に続き、次は「畜生の心」を説いていきます。
畜生の心は、愚痴、妬み、恨み、自惚れを言います。
愚痴は文字通り、愚かで真理を知らず、また知ろうとせず、ただ、目先のことしか考えません。
言ってもどうしようもないことをいつまでもグチグチと言います。
自分より優っている人を妬み、嫌な事はみな相手のせいにして恨みます。
また、常に自分が中心でなければ収まらず、他の人は自分より劣っていると軽蔑します。
よく、「私は・・・であると自負しております。」などと言っているのをTVなどで拝見しますが、この自負こそが自惚れという事です。
実は、私自身、この界の心が一番きついと感じているかもしれません。
なぜかというと「女」は「話すことで心が楽になる」と感じる人が多く、私もその一人だからです。orz
この心が強い人は、
いつも眉間に皺をよせ、顔の表情も暗いです。
上目使いに人を見る癖も、人を信じず自分の価値観こそいちばんである・・
という自惚れと妬みの顕れです。
人は自惚れたあとには、間違いなくどん底に落されますね。
自惚れが長く続くことなどはありえません。
「奢れる者久しからず・・」とはよくお聞きする言葉かと思います。
この畜生界に落ちている人は、
常に愚痴、妬み、自惚れによって久しく苦しみます。
これは人のせいではなく、自分の意思に依って苦しんでいる事を、
よくよく考えなければいけません。
自分の心は畜生であったと認め反省できる方は、できない方よりもダントツに早く、
仏様の境地を知る事ができるのだと思います。



